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未来は自ら創造するもの
2010.10.21

ある新聞記事に何故か心が熱くなった。それは、田母神元自衛隊航空幕僚長が率いる民間団体が、尖閣諸島問題に対する抗議を目的に反中国政府デモを決起。この呼びかけに約3,000人が集結したことを扱う内容であった。

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ことの発端は、誰もが知ることだが、領海侵犯のうえ不法操業をした中国漁船の拿捕の顛末にある。実際は中国官制による軍事作戦とも推察される敵対行為だけに、菅政権は国家の威信を賭け、断固たる対応すべき問題であったが、強国となった中国を前に腰砕け状態に。これに、日本国民はまたかと手を叩いて呆れ、しらけた。だが、俺にとっては、この問題がどうこうというより、日本の未来を憂う気持ちがより強くなった。それだけに日本国民の純粋な義憤によるデモに、微かな光明を見出したように感じたのかもしれない。

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日本の領海における不法操業を海上保安庁船に発見された中国漁船らしき船は、制止を振り切り体当たりをして逃走。海保は追走、拿捕したが、荒ぶる海として有名な東シナ海での捕り物だ、場合によっては船の沈没も在り得る危険な状況にあり、落水覚悟で決死に阻んだ海保隊員の勇気は、日本国を守るのだという強い思いから沸き起こることは間違いなく、国家の英雄として賞賛に値する仕事であった。だが、民主党政権は、その勇士を称える事はなく、捨て身の志に応えられないような、男気のない担当大臣、今すぐ辞めよと言いたい。

中国船の船長が犯した罪は、懲役刑に当たる蛮行。日本を舐めた、許しがたい犯罪であるにも拘らず、不覚にも逮捕した重罪犯を裁くことなく釈放したのは、総理大臣だ。国のために死をも覚悟に体を張る根性はなく、国家防衛に信念もない。この情けない日本のリーダーは、残念ながら思慮浅き軟弱男であることを、世界に露呈してしまった。

ここ数年、コロコロと変わった首相すべての名前を、俺はすぐに思い出すことが出来ない。どいつもこいつも目先の保身に動き、根性なく無責任に投げ出す小心者ばかりであった。彼らは、何期も当選している議員だ、本人も経験的に国を束ねる器ではないことくらいは自覚しているはず。それでも、議員バッチを付けた人間なら誰でも一度はやってみたいという総理職だからか、器に見合わない政治家が、その椅子に座ろうと長蛇の列を成しているということだろう。

マスコミは、挙って政治家の弱腰外交を論ずるが、俺が一番問題と感じるのは、こういった事件が起こる度に、国民の士気が萎え、愛国心が薄れてしまうこと。そして、最も気がかりなのは、今日本に育つ若者に、国家のために犠牲を問わず戦う意志が芽生えない現実。さらに、競争を良しとしない近代教育も、国際社会で日本が取り残されつつある現状に、危機感が持てない最大の理由となっていることだ。

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本来、国民の手本となり、実直に国家のために尽くすべき政治家が、特権を利用した犯罪を問われ強制起訴を受けたかと思えば、国家運営の本丸たる議事堂で、不謹慎にもファッション誌の取材に有頂天な馬鹿大臣あり。公務をそっちのけに芸能人の披露宴にミーハーに出かける閣僚。そして驚くことに、韓国の反日デモに参加している人間が、わが国の国家公安委員長に菅直人首相の命によって起用されているのだ。この政治のありかたでは、本当に日本の未来が心配になる。

これまでの日本は、強い経済が国を牽引してきた。だから、この国には長く政府不在の状態が続いていても、これまでは転覆を免れてきた。これに対して、中国は一党独裁下にあり、一部の権力者によって国家統治されている。その基本理念は、ブレることなく、国際社会において常に国益を最優先に動く。さらに、国際世論に後押しされノーベル平和賞に選ばれた、中国民主化運動家ですら投獄してしまうほど、時に明確な意思を示す。

良くも悪くも、強権政治体制の中国と、頼りの経済力に陰りが著しい日本は、対等はおろか、同じ土俵にも立てるはずもない。近い将来、かつてフィンランドが、実質的にソビエトの植民地であったように、日本が、政治的にノーと言えなくなる可能性も否定できない状況といえるのだ。

にも拘らず、間抜けで目立ちたがりな国会議員が集まり、尖閣視察に民間機をチャーターしたという。今、遊覧飛行をして何の意味があるのか?これこそが、血税の無駄使いの他ならない。本当に領土防衛を考え、大切な美しい日本の島を守りたいならば、戦闘服を着て海保の船に乗って警戒に同行し、不眠不休でわが領土尖閣を見張るくらいの気概を見せてほしいもの。2−3日荒海で警備に当たれば、中国船の領海侵犯と戦う隊員の思いも少しは分かるだろう。

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俺に反中感情はない。ただ、長きに渡ってレースという仕事を通じて、世界中を転戦し学んだ生き残り術とは、どこかの間抜けな首相が提唱し、外交で大恥かいた「友愛論」、そんな戯言で切り抜けられるほど世界は甘くはないということ。何故ならば、母国、人種、宗教、習慣と全てが異なる環境で育った人間が集まる集団で、そんな意味不明な抽象論は通用しないからだ。

とくに、生き馬の目を抜くごとく厳しい競争下にあるプロチームでは、仲間が一番のライバルとなることが多い。それだけに有能な人材が集まり、基本的に互いに相容れない一線ありきから始まる人間関係を認識しなければならないこともある。とはいえ、共通の目的を達成する為に行われる競争は、互いの能力を知る最良の機会であり、そこで存在を認め、興味を持ち、信頼できるチームメイトとして敬意を払うようになるのだ。

異国では、人種差別にいらだつことも少なくない、色んな意味で真の友となることは簡単ではないということだ。それだけに、重要となるのは、いい時も悪いときにも、時に喧嘩覚悟で真剣にぶつかり合い、切磋琢磨、負けてたまるかと歯を食いしばって踏ん張るときに生まれるバネを力に、道を切り開くことが、必要となる。ようは、仕事では結果を示すことが最も重要ということ。でなければ互いに尊重できる信頼関係など、構築されようがないということだ。ヨーロッパでは、いい意味での、愛国心に基づく、国家間のライバル意識をとても重要と考える傾向にある。理由は、愛国心こそが、国の発展に最も重要な動機となることを理解しているからだろう。それは、スポーツに限らず、この結果という壁を越えられれば、何処の国へ行っても自然と深い友人関係が築けるのだと思う。

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領土問題は、日本の未来の礎となる重要課題、だからこそ竹島や尖閣を守る意志を自ら示すことが重要であり、いつか俺は、自ら船を仕立て、我が愛する日本の島へ上陸したいと真剣に思うのだろう。誰かが行動を始めなければいけない、でなければ日本の未来は拓けないから。