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立つべきは、名もなき英雄達
2011.04.07

 英雄の定義とは不言実行、自己犠牲の精神にあり。あれをした、これをやったと口にした瞬間に、すべての行為は偽善と化す。自分はそう思う。少し前の事、久々に福島で出会った英雄は、女性だった。敬意をもって名前を伺ったが、その方は笑顔を返すだけであった。

 先祖代々、東京に暮らすものにとって、今週末に迫った東京都知事選は非常に重要な選挙だ。しかし、立候補者による政見放送を見て驚愕したのは自分だけだろうか。11名が次々に話をするのだが、中には収録中に意味不明に興奮し、パニックとなるものもいれば、自己PRが目的なのだろうか、意味不明の戯言をならべる輩。おまけに、居酒屋の親父が自慢話を延々と語る始末。もちろん、中には弱々しくも、社会問題をテーマに正論をぶつものもあり。そんな中、唯一本物の政治家らしい弁舌を披露したのは、老いてなお抜群のリーダーシップを堅持する現職知事であったが、果たして…

 東京は、日本の首都。小さな国の国家予算を遥かに凌ぐ財政規模を持つ大都市だ。その知事には、多種多様、常に難しい舵取りが求められ、確かな政治手腕が問われる。その重責を担うものには、生まれ持った特別な資質が必要とされることは言うまでもない。というのも、知事の判断は、国内のみならず世界からも注目され、時には国家の未来にさえ影響を及ぼすからだ。それだけに、過去の歴史が証明するように、優れた武将に共通する能力となる知識ありきの勘、想像力が必要とされることは間違いない。

 震災にあって、原発は、絶対にあってはならない制御不能に陥った。菅氏は「想定外」を繰り返すが、その度に俺には「僕は総理の器じゃない」と聞こえるのだ。危機を最小限の被害で乗り切るリーダーシップの欠片もない菅氏の判断は、すべて後手後手にまわり、最悪の結果へ導いた。大臣の仕事は、自分の命を投げ打ってでも、国民を守ることにあるのではないのか。腹の据わらない男の言い訳姿は、泣き虫の小学生にも重なる。

 政見放送を見てふと思った。彼らは、なぜ都知事へ立候補するのだろうか?それ以前の問題として、自分自身が都知事の器かどうかを、見極めることが出来ているのかという疑問だ。例えば、かつては、妻子ある斜陽のお笑い芸人だ。この分別なき40男は、風俗に通い、淫行で捜査を受けた。本人は知らなかったというが、家族はたまったものじゃない、離婚、そして少ないテレビ出演の機会を失っている。この笑いネタにもならなかった事件は、僅か10年前の話、羞恥心の欠片もないのだろうか。それより深刻な問題は、勘の悪さだ。宮崎県知事時代の功績を自我自賛するが、口蹄疫発生時の初動ミスで、貴重な種牛をすぐに隔離しなかった過ちは、殺処分につながり、今も宮崎の畜産に大きな暗い影を落としたままだ。宮崎知事選挙では、愛する故郷に生涯尽くすと語り当選しながらも、今その地を離れて都知事選へ滑り込みで立候補。これほど薄っぺらな男も珍しい。

 正確な自己評価、代表の器かどうか、自分を精査できない人間に都知事は無理だろう。未来は作れても、過去は変えられない。どこの国もそうだが、要職につく人間の経歴は、評価の基準となるのだ。東京都を世界の笑いものにはしたくないと、俺は心からそう願う、生粋の東京都民として。

 今や先進国の地方議員は無償が常識。日本は、経済先行に先進国を気取るが、政治は明治時代、後進国そのままなのだ。生まれ育ち、家族と暮らす家を取り巻く環境を良くしたい気持ちは、自然と地域に根付くものだ。自分の住む町へ貢献する事は義務であり、当然の行動。だから、報酬とは無縁の仕事であるべきと俺は思う。

 皆が誇りに思える英雄を知事に選びたいものだ。さらに、個人的には、地道に国会議員定数と歳費50%削減、政党助成金の廃止。区、都議の無報酬制度への移行に尽力している議員を応援したい。何故ならば、もし実現できないとしたら、日本に真の英雄が育たなくなってしまうのでは...という危惧を覚えるからだ。