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臥薪嘗胆
2013.12.31

 今年も残すところ一日となり、新しい年を迎えるに際して、最後の勤めとして箪笥から祖父の代から伝わる国旗を出し、庭へ掲げる準備をしている。激動の予感を覚える世界情勢だからこそ、臥薪嘗胆、来るべき有事に備え、僅かながらも穏やかな一時を過ごしたいと思う。

 我欲に溺れた一部の公僕に蝕まれ、世界的にも例を見ない1000兆円を越える財政赤字を抱える日本。増税、政界再編による経済政策によって、生活に痛みを伴ったとしても、今我々は、希望を失うことなく国家再建へ向かわなければならない。できなければ、子孫に国を残すことが出来ないのだ。だが、今日は大晦日。新年に向け、明るく前向きに考えてみよう。

 来年を占うべく、世界情勢を見ようかと師走の報道番組を見ていると、多くのヘリコプターが靖国神社上空を旋回、首相の参拝に慌てふためく特番ばかり…確かに、日本人としてあるべき姿も、首相としての参拝となれば、反する中韓との駆け引きが必要となるだけに、小事ではないかもしれない。だが、それよりも、大きな問題は、国外から映る靖国は、ナチズムやホロコーストとイメージを重ねられている部分が少なからずあること。これは、信じ難いことで、変えて行かなければならない誤解なだけに、メディアもこの点を踏まえて、対外的に控えめに扱うべきだったと思う。

 世界でたった二つながら、隣国が政治利用に靖国参拝を非難し、騒ぎ立てることは、百も承知で首相は参拝したはずだ。それでも行ったということは、個人的参拝で済まされる問題ではない事を踏まえ、先を読み、結果として国益とするべく、靖国参拝の真の意味とは、軍事政権における過ちとは無縁、英霊に対する鎮魂だけが目的であると、世界を納得させる言葉で、誤解を解く説明をする用意があるのだろうと俺は期待している。

 そして、日本の報道機関も、事実を伝えるという気概が少しでもあるならば、この機会を最善最良の時として、歴史に刻まれた正しい事実を背景とする、帝国軍事政権の過ちに対する謝罪と補償は終え、靖国神社に眠る英霊の鎮魂とは、国際的に常識とされている政治と戦死者の分離の範疇であることを、改めて世界へ向け、国際社会において理解される言葉をもって情報を発信してほしいと心底願うのも事実。刻々と変化する世界情勢を、正確かつリアルタイムに伝える。海外で見るメディアには、一国一つくらいは正道を貫く報道機関があるものだ。しかし、日本では、興味本位に内向きのゴシップを探し回り、これに陳腐なコメンテーターが脚色する報道ばかりが目に付くばかり。今、公共の電波の使用目的にそぐう、真の報道とは何かを考え直す時に来ているのではないだろうか。それは、長く報道の仕事に従事していた亡き父への想いと重なるからなのかもしれないが…

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言うが、確かに歴史を振り返ると、多くの問題は繰り返されている。日中韓の歩んできた歴史は、明確であり、これを捏造してまで解釈を変える行為は、世界的に見れば隣国間の愚かな足の引き合いにしか映らないばかりか、虚しく、身勝手国家として嘲笑されるだけであろう。されど、中韓の地に足を運ぶたびに感じるのは、世代を超えて続けられている彼らの歴史観からなる、反日教育による日本人に対する憎悪が時に見え隠れすることだ。

 だが、それよりも問題なことは、情熱的に活動すべき日本の若者に、あるべき危機感が希薄なことだ。だから政治に無関心だし、ぶつからない。最悪なのは、知名度だけで国政に出てくる厚顔無恥な輩に、面白半分に投票しては当選させ、国費の無駄使いを繰り返している。これは、日本の義務教育に大きな欠落があることが要因であることは間違いなく、自分も受けているからこそ実感している大いなる問題だ。
 
 1192つくろう鎌倉幕府。自分にも試験勉強の経験が少なからずあるが、教育として年号を記憶することに意味があったのかは、今も大きな疑問だ。それよりも、鎌倉幕府の成り立ち、意義、問題など、想像力をもって考察させる試験であれば、日本文化に対する興味は深まり、愛国心、日本人としての志を幼少期から持つことが出来たかもしれない。意外なことであったが、海外へ出てみると、日本人以上に日本文化へ興味を持つ外国人が多いことを知ることになる。つまり、先進国の多くは、教育において、自国文化を学ぶことに重きを置いており、教養、道徳、愛国、独立、防衛することの重要性の認識へと導いているのである。

 本来、教育とは記憶力を高めるよりも、個性を活かし、変化に柔軟に対応する英知、行動力を育成するべきであろうと思う。そして、個人としての自立心と、和として一致協調して戦う強さを基礎に、得意分野を探し当てさせる幅広い選択肢と、スペシャリストとなるための知識の育成こそが、国家としての未来を切り開く唯一無比の原動力となることは間違いない。それだけに、基礎となる高いレベルの義務教育が平等に行われるよう、大きな公共投資が必要不可欠といえよう。

 新しい米駐日大使に故ケネディ大統領の娘、チャーミングな笑顔が印象的なキャロライン女史が赴任している。阿部首相の靖国参拝においても、聡明な史は個人的な意見を述べることはなかった。歴史に残る大統領が残した功績は言うまでもないが、個人的にも大統領の残した演説の一文に、大いなる感銘を受けたものがあるので紹介したいと思う。

 「突き詰めれば我々人類は、共にこの小さな惑星に暮らし、同じ空気を吸い、子供の幸せを願いながら生きている。しかし、それは等しく、すべて限りある命なのです」

 50年前の演説だが、現世界の混迷を予見していたかのようにも聞こえる。冷戦下、核戦争の脅威を辛うじて回避した人類は、これまで経験のない新たなる危機、加速度的に進む環境破壊に直面しているのだ。助け合って生きていかなければならない状況にあり、傲慢な国家主義はもはや通用しないことは明白である。人種、宗教、国境を越え、意見が異なるもの同士も協力し、国、家、故郷たる地球を守る時にあると俺は思う。

 来る新年が、皆様にとって良い年となりますように。