笑顔

時折小雨降る中、早朝から準備して、心ばかりの炊き出しを始めた。気が付けば長蛇の列、その中に佇む一人の男の子が、食膳を両手に抱え満面の笑みを浮かべている。俺は横目に見て「来て良かった」と思いながら、料理に追われていた。しかし、その子は再度、手を伸ばしたらしく、「一人一膳なんですよ」と地元のボランティアさんが制する声が響くと、驚いて手を引っ込めてしまった。しばらくすると、怒られると分かっているはずなのに、また両手を伸ばした。偽りのない真直ぐな眼差しで。

空気が私に声を掛けさせた「もう食べてしまったの」。すると、その子は言った「ううん、弟と妹に…」。俺はもう一度聞いた「そうか、でも君もお腹がすいてるんだろ?」その子は、口を真一文字にして俯いた。
 
その子の小さな手に持てるだけの食べ物を渡した。そして、ご苦労さんと言うと、その子は、笑顔を返すやいなや、あっという間に走り去った。きっと家族のもとへ帰ったのだろう。今も、その笑顔を今も忘れることが出来ない。何故ならば、俺がこれまで見た最高の笑顔の一つと思えるからだ。稚拙な政治のせいで減り続ける日本男児も、まだ絶えてはいないのだ。
 
炊き出しの最中、力不足な自分は、ふと無力感に苛まれていた。消防車が、大音量のアナウンスしながら、被爆の影響を抑えるヨウ素剤の配布に巡回する被災地には、当たり前だが、笑顔が消えたままの姿。だが、この子の笑顔に救われた。

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