いまさら言うまでもないが、インターネットの普及は人種、国家、言語の違いを超え、情報交換を容易にし、ある意味で世界がコンパクトになったことは間違いない。
日々、会社へ山のように届くメールも、今では世界中から送られて来る時代だ。もちろん、その多くは製品に関する問い合わせだが、中には仕事とは関係のない、驚くような着信が届くこともある。SNSの普及は、見知らぬ人、過去に少しだけ係わった人を共通のキーワードで結びつけることを日常へ変えたことによって、地球の裏側に住む友人が、あっという間に一人、二人と増えていくようになった。半世紀前の話となるが、紆余曲折の末、運命的に知り合った海外のペンパルと、異なる文化、生活に好奇心と想像を膨らませながら文通をしていた頃が、嘘のようだ。
最近、フランスから届いた一通のメール。見知らぬ人物からであること、さらには画像ファイルが複数添付されていたので、いつもなら瞬間で迷惑フォルダへ直行となるパターンだが、ふと、その流れるような文面に目が留まった。画像を開くか…迷う時間はそう長くはなかった。
ファイルを開くと、そこには綺麗な156GTAの写真があった。そして、ズームアップされていたのはチューニングパーツの数々。すべてorqueブランドだったことに驚かされた。オーナーは、GTAの大ファンで、コンディションの良い車を探し求めていたが、最近ようやく納得のいく一台に巡り会い、購入したとのこと。試乗の際、ノーマルとは明らかに一線を画する走り、チューニングの美しさに感動したらしい。そこで、チューナーへメールを送くることにしたというのだ。
実はこのGTA、調べてみると日本から輸出されたもので、長年に渡り私達がメンテナンスを行っていたクルマであった。そこで、整備履歴を知らせて差し上げたのだが、大切にされていたことを知り、長旅をしてきたGTAが、より愛おしくなったと喜んでくれた。
世界は狭くなったものだ。COVID-19があっという間に国際的な脅威となったことも、その一面といえるだろう。昨日も海外の友人から一通のメールが届いた。
「おい、本当に運動会(オリンピック)をやるのか?ワクチン接種率が悲劇的な低水準に留まる中、国民の80%が開催にネガティブ。ましてや強力な変異株が制御不能な中、命を懸けてまで開く価値はないだろう」と。
「そもそも日本は開催に手を挙げるべきではなかった。これで、東京オリンピックが3回目だって知っているかい?時は第二次世界大戦直前、今と等しく混沌とする国際情勢下、時の首相は国情を鑑み開催を返上、中止となった幻の東京オリンピックがあったことを。国民の命と運動会、どちらが優先すべきかの判断は、国のトップに委ねられている。残念ながら、今の日本には死する覚悟を持って英断を下せるリーダーはいない」と僕は返した。
すると「俺の国の政治も自慢できるような状況にはないが、ワクチン接種に関しては、先進国をリード。危機管理の速さは、国民に希望を与えている。だが、感染の再拡大が懸念される今、さすがのジョンソンでもこのタイミングでは中止にするだろう。後に問題が山積みとなるとしてもね」と。
世界から切り離された島国に暮らしていると、危機感は薄れ、世の中の変化に鈍感となりがちだ。将来的な見通しが立ちにくい社会、日々の暮らしに一喜一憂するばかりで、他者に無関心となってはいないだろうか。1940年、初のオリンピック開催を返上した日本は、アジアでは数少くい独立国家として、欧米の列強と対等であることを求め開催に名乗りを上げた。かつて多くの国民が共有していた志は、潰えてっしまったのかもしれない。
欧米主導で行われているオリンピックというゲーム開催の是非を問われた時、日本の政治判断に対して世界中から驚きの反応が寄せられたこと、そしてオリンピック開催には犠牲が伴うと言い放ったIOC会長は、来日会見の冒頭に中国人の皆さんと挨拶を始め、慌てて日本人…と訂正。しかし、これが現実的な日本の国際的立ち位置なのだ。不穏な風が強まりつつある国際情勢下にあって、危機管理に疎い日本は、永遠に平和でいられる保証など、どこにもないことに気づく日が必ずや訪れるだろう。国際社会の一員として、これからすべきことを真剣に考えるべき時が来たのかもしれない。